いしおか雛巡り 2019

おかえりなさいいしおか・・・2019Feb16−Mar3

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#いしおか雛巡り2019 #御幸通り酒場巡り

※クリックすると大きくなります

 

最新の第10回御幸通り酒場巡りのマップです。

ご活用ください!

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#いしおか雛巡り2019 #第10回御幸通り酒場巡り

2月28日(木)、3月1日(金)、3月2日(土) 恒例となりました第10回御幸通り酒場巡りが開催されます。

参加店のマップは次の通りです。

みなさん、石岡一高応援とひな祭りダブルで盛り上がりましょう!

 

 

参加店一覧とマップは↓です。

 

クリックすると大きくなります。

 

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まちかど情報センターでもチケット販売しています。

マップ、参加店情報も配布しています。

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#いしおか雛巡り2019 #石岡一高ナイン応援雛 

 

 

 

茨城新聞の本日の県南コーナーに掲載していただきました。

豪華絢爛情景飾りぜひご覧ください。

 

また、マスヤさんには、貴重な享保雛と打掛、

みんなの広場には、石一ナイン応援雛とプラレールとおひなさまのコラボ鉄子のおひなさま

常陸國総社宮の神楽殿に段飾りを展示いたしました。

 

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#いしおか雛巡り2019 #ちこちゃん雛

 

さきほどいらっしゃったお客様に聞かれて、さっそくチコちゃんを作ろう!と思っていたら、なんともタイミングよく鶯を片手の童人形を寄贈してくださった方がいて、立派なチコ人形ウィズキョエちゃんが完成しました。

 

他にも今年らしいみなさん、登場しているとの情報です。

 

ナオミオオサカ&サーシャ、山根会長&田中理事長、SHOHEI OTANI, 紀貫之、菅原道真&藤原時平

 

 

 

 

 

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#いしおか雛巡り2019  #歴史絵巻情景飾りWADACHI

まちかど情報センターの歴史絵巻情景飾りのこれまでのWADACHIをまとめたものを作成しました。

昨年で10年をむかえ、今年は11回目の作品「梅一輪 桜ひとひら」というタイトルで飾り付けをしました。

今年雛巡りにいらした時には用意いたします。

 

作品とともに町の変化や時代の流れを思い出させてくれます。

 

 

 

(大きくなります。)

 

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#いしおか雛巡り2019 #雛巡りマップができました。

ようやく雛巡りマップが届きました。

このマップが届くといよいよ始まるなぁ、と実感します。

石岡駅なか 観光協会の案内所、常設展示場などで配布しています。

 

《写真をクリックしていただくと大きくなります)

 

 表紙です。イベント情報もあります。

 

 

マップと参加店一覧です。

 

問い合わせ・資料のほしい方はまちかど情報センターへご連絡ください。

筺0299-27-5171

メール machikado3116@saturn.plala.or.jp

 

 

 

 

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#いしおか雛巡り2019  天保年間のおひな様

今年まちかど情報センターに初めて登場した天保年間のおひな様

あの水野忠邦の天保の改革を見届けたおひな様ですよ!?

 

伏見雛という土人形だそうです。

なんともいえないやさしい上品なお顔です。

ぜひ、会いに来てください。

 

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#いしおか雛巡り2019 イベント案内

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#いしおか雛巡り2019  #菅原伝授手習鑑寺子屋

 

 

7 付録 菅原伝授手習鑑 寺子屋「せまじきものは みやつかえ」

物語は終わりですが、どちらかがヒーロー、どちらかが悪役にならなくては面白くありません。そこで、近松門左衛門がこの話をお芝居に脚色したときに、すばらしい人間性をもつヒーロー道真公、悪名高き悪大臣・・・藤原時平の構図にしました。そのお話「菅原伝授手習鑑」は次のようなあらすじです。【加茂堤(かもづつみ)】【筆法伝授(ひっぽうでんじゅ)】【車引(くるまびき)】【賀の祝(がのいわい)】【寺子屋(てらこや)】などの場面があるのですが、ここでは、寺子屋の場面を演じています。

 

「菅原伝授」の名のとおり菅丞相が筆法の奥義を与えるという場面から始まります。。ここで筆法を伝授された弟子武部源蔵(たけべげんぞう)という男は、菅丞相が流罪になったことを知り、丞相の幼い一子・菅秀才(かんしゅうさい)をかくまいます。悪者どもが若君の命をつけねらうのは必定だからです。 そこで源蔵は戸浪(妻)と共に、菅秀才を連れて京都の北のはずれ、芹生(せりょう)の山里にひきこもります。そこで寺子屋(てらこや=私設学校・塾)をひらいて田舎育ちの教え子の中に若君をまぎらせてかくまうのです。「菅原伝授」の四文字には、筆法伝授という意味だけでなく、「もとの主人の若君をなんとしでても守りぬく」源蔵のかたい覚悟がみてとれるようです。菅原の家そのものを後世に伝授するために身を削り心をくだく源蔵は、菅原伝授手習鑑全体を通しての一番の重要人物です。

 さて、そうこうするうちに「道真の息子を捕らえて首をはねろ」という気運が高まっています。菅原家を根絶したい藤原時平の陰謀です。でも、牛車引きの松王丸以外、誰も若君の顔を知りません。武部源蔵は、村の庄屋方へ呼ばれて若君・菅秀才の首を討てとの厳命を受けます。

 討つわけにはいかない…どうしょう…

 と考えながら家に帰ってみると、そこに、見るからに高貴そうな新入生がいます。この子の親には申し訳ないが、若君の身代わりにしようと決心します。当時は、「親子は一世、夫婦は二世、主従は三世」という教えが一般的でした。この世での「親子の関係」はこの世だけの関係、「夫婦の関係」は次の世(来世)までの関係、「主従の関係」は前世から来世までずーと続く関係、ということ。この考え方から起きる悲劇はたくさんあります。

この世で夫婦になれないのであれば、あの世で結ばれよう!と心中したり・・・ 源蔵も心を鬼にしてこの考えをつらぬきます。そして、身代わりにされた子供が、実は、首実検(くびじっけん=討たれた頭が本人のものであるか確かめる)役でやってくる松王の一子・小太郎(こたろう)だったという・・・。

 松王は三兄弟の中で一人だけ菅丞相の敵・藤原時平の家来ですから、この『寺子屋』の場までずっと悪人側の人物です。源蔵の家に松王が来ます。松王は早く首を討って差し出せとせまります。意を決した源蔵が家の奥にさがり、「えぃっ!」と首を討ちます。源蔵は、松王の目の前に、討った子供の首を差し出します。じっと確かめる松王・・・

 

源蔵が秀才の首を取るように命ぜられてのち、女房戸浪に語ります。

 

「せまじきものは宮仕えじゃなぁ」

 

この芝居いちばんの名台詞です。浄瑠璃や歌舞伎の中で今も生き、梅の頃には多くの学生がお参りに行く天神様として頼られる道真公は、やはり日本人の尊敬する歴史上人物の一人です。しかし、時平のことも陽成院のことも知るほどに愛すべき人物に思えてくるのは不思議です。引き立てあう梅と桜の織りなす美しさにやまとごころをみるように・・・

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#いしおか雛巡り2019 #陽成院の文庫にて  

 

2 陽成院の文庫にて  

 さらにもうひとりキーパーソンとなる人物がいます。それは、陽成院です。

 

筑波峰のみねよりおつる男女川恋ぞつもりて淵となりける

 

 陽成院は10才の時に帝位につきました。しかし母が藤原高子であったことから、当時の権力者で実の叔父藤原基経に徹底的に排除されわずか17才で譲位しその後82才で没するまで都の片隅冷泉院でひっそりと人生を送りました。この歌を送った綏子(すいし)内親王と陽成院は、子供こそ出来なかったものの、綏子が没するまでの40年ほど仲良く暮らしました。この歌は、陽成院が綏子に送った恋の歌とされています。。藤原時平にとって、時の権力者であった基経は父親ですが、同時に高子はやさしいおばさんであり、陽成帝もいとこにあたります。年近い二人はおさないころからよき話し相手でありました。

その陽成院は冷泉院の御所内に文庫、今で言う図書館を作り、当時入手困難な古今の写し書、遣唐使や交易の舟で渡来した異国(とつこく)の書を蔵書し、若き役人たちに開放しました。若者たちは、この文庫を訪ね、そこであった同時代の様々な立場の人と語らいました。紀貫之や時平がこの場所を好んで訪ねたのはもちろん、書物好きの道真も行き来していました。息苦しい宮中を離れ、愛する異国の詩書に触れるのは、ひとときの息抜きになったのでしょう。若い学者たちとも大いに討論を楽しんだことでしょう。「能なきものはされ」と厳しい役人であった道真も、対立する立場である左大臣時平とも、この場ではホンネで語り合ったのでは、と想像します。

 

「まったく、今の朝廷は、会議のための会議で何もものごとがすすまん。役人は、我が身の保身と出世にしか興味ない。学者は書物にしがみつき、現実をみない。その上、おかみは思いつきでさもなきことをまつりごとにかけられて我が身は窮屈きわまりない」

 と、もう一人も

「まさに。今のままでは、もうこの国は滅び朽ち果ててしまう。」

「この国を変えるのは、それがしか?ぬしか?」

「いやいや 民が望むのは、二人が牛車の両の轍(わだち)となって国を守ることぞ」

3 道真、太宰府へ

 それからしばらくして、歴史に残る事件が起きます。自分の娘を醍醐天皇の親王と結婚させようとしたかどで、右大臣菅原道真が太宰府師として左遷されました。「時平の讒言により、道真は大宰府へ流罪。その地に没す。」(讒言:ざんげん=他人をおとしいれるためにウソの意見を上司に密告すること)とあります。時平が道真を悪人に仕立て上げたのです。信頼していた道真の裏切りに対して上皇、帝の怒りは大きく、道真は子どもたちとも離ればなれになり、摂津の港から太宰府の地へ寂しく向かうこととなりました。

 やがて・・・

しばらくすると、京のみならず、日本中に異変が起こりはじめました。富士山や阿蘇山の噴火 相次ぐ地揺れ、飢饉、疫病、国中が大きな濁流に呑み込まれそうになっていました。僧侶たちは、「これは流罪になった道真の怨念。寺に寄進し、念仏で追い払わねば、怨念は永劫この国にたたりを及ぼすであろう」と恐怖をあおり仏心への帰依を操ります。道真の怨念は、潔白な道真を陥れた人たちにとっては後ろめたさや罪悪感を抱かせるに十分だったでしょう。天変地異に限らず、道真の流罪に関与した上皇も帝も貴族も次々に亡くなり、宇多天皇の皇統は途切れることになりました。そして、遮二無二(しゃにむに)改革をすすめる時平の姿だけがそこにありました・・・。

4 清涼殿落雷 

ある夜、時平が清涼殿で仕事を終えたころ、天が裂けるような光が生まれ、こちらにむかってきます。光の刃は何度も何度も京のまちを照らし、狙いをつけた宮中にその先をつきつけました。大きい轟をたて雷が落ち、打たれた男はそのまま動かなくなりました・・・

  時平は滝のような雨に打たれるにかまわず、天をあおいで訊きました。

「道真殿 これでよかったのでしょうか?

 私は誰にも問うことができないでいます。

 あなたがくにさきを守り、わたしが民に笑顔を取り戻す

 そう誓って進んできたが、あなたはまだまだ許してはいない、と人は言う

 最善の策は何なのか? どうか教えてください」

答えはなかったが、すぐに太宰府より使いがきて、道真公がなくなったと伝えられた。しばらくして時平も道半ばでその生涯を閉じた。藤原家の跡は自分のこどもではなく、弟の忠平に継承させた。その忠平の家系がのちに道長、頼通という藤原家の栄華の時代につながっていく。本来は権力というものにも家というものにも執着を持ち得なかったやまとごころをもつやさしい男は、自分の子どもたちに自分のような重荷を負わせることにためらいを感じたのではないだろうか。

5 符丁としての「淵となりぬる・・・」

日本中が荒れ狂う嵐に席巻される中、筑波嶺の淵に清水があつまり、静かに一筋の流れをつくる、やがて少しずつ濁流を鎮めていく。それは大きな川となり、この国を豊にかえていく・・・

陽成院の筑波嶺の歌は恋の歌であると言われています。 筑波嶺という枕詞も恋につながることばでもあります。しかし、この作には、もうひとつ深い意味が隠されているような気がしてきました。

 

帝という高みから降りて、何もかも失ったわたくし

国はひからびて、松もない荒野が続く

しかし、よくよくみれば、山の間から清水は流れ出している。

一筋ではなく、そこやここに

その清水がひとつに束なり

大きな流れとなり、岩を削り淵をなす

いつか淵から勢いよく水が流れ落ち

この世の濁流や流木を大海に押し流してくれる日がくる

わたしの想ひ人は、やまとのくに、そのものなのだ

 

かつて冷泉院の文庫に集った人々は、この歌をひとつの符丁として、後世に語り継いでいきました。

6 旅立ち  ふた花 並ばず

さて、淵の水が川となり、静かにみやこを流れて行くころ、ちょうど道真公が太宰府へ向かい別れのはなむけをする橋のたもとに着きました。橋のこちらで、手折った(たおった)梅の花を手向け、篳篥(ひちりき)を奏でているのは、藤原時平。うしろに控えるのは、牛車使いの仕丁松王丸、道真と時平の友紀貫之、遙か遠くには今生の別れとなる旅を静かに送る道真のこどもたち・・・

橋の向こうには、わずかばかりの家来と共白髪に暮らす妻、長く使えている牛車の仕丁梅王丸。梅王丸と松王丸は血をわけた兄弟で松王丸も主人について遠く九州の地に赴く弟との別れの時である。

時平は、紀貫之から道真がある歌をよみましたと告げられていた。

 

「それがしには、政治の深きところはわかりませぬ。ただこのお歌は、切なるものと感じ入りました」

「もしやすると、何かにつけ、俊才ゆえに誤解されやすき方だったのかと。今更ながら思います。それがあの方の、真の罪であったのかもしれぬと」

 

こちふかば 匂ひおこせよ梅の花 あるじなしとて春な忘れそ

 

時平は心のなかで語りかける

「手折った梅は 道真公、あなたへの感謝です。

あなたへの尊敬はけっして消えることはありません

おゆるしください」

 

この梅の花に答えてでしょうか

のちに道真は歌っています。

 

さくら花 ぬしをわすれぬものならば 吹き来む風に言伝てはせよ

 

ぬしを長年の友 時平のこととすれば、

「あなたのことを恨んでなんかはいないよ

せめて、あなたが力を尽くした時、

民にすこしでも笑顔が戻ったとき

風のたよりでもいいから 私にも教えてください」

 

また、道真はつぎのような歌も歌っています。

 

ながれゆく 我は水屑(みくづ)となりはてぬ 君しがらみとなりてとどめよ

 

孤高な学者と思われている道真にも人間らしく弱く切ない思いがあり、ただ一人の友時平にその思いを託していました。なんとも暖かい人間味を感じてしまいます。

怨念ともなった冷徹な道真、私利私欲のために道真を追い込んだ時平。二人のイメージはどちらかというとネガティブなものですが、実は、当時の都の人々には二人とも大変人気があったそうです。

 

 若き左大臣藤原時平。さまざまなアイデアで社会の改革を考えています。しかし、権力者だった父基経とは違い、まだ若く政治の世界での力は弱いため、この左大臣は貴族や学者のとりまとめに大変苦労していました。

 かたや右大臣菅原道真。平安時代きってのきれもの、古今・異国の見聞は深く、才能は、ほかの学者より大きくぬきんでていたといわれています。遣唐使廃止の宣言をしたことでも私たちの記憶にとどまっています。クールな反面、弓をよくし、漢詩にも和歌にも才能があり、見た目もうるわしくまさに絵に描いたようないい男であったそうです 宇多上皇は何かと頼りになる道真を自分の側近として優遇し、道真を使った院政を実行しようとしていました。政治欲や支配欲に無頓着な道真にとってみれば迷惑なことだらけだったでしょう。同じ時代に生まれたふたはなは、往々にして、並び称されることはありません。

 

(奥山 景布子氏の「時平の桜、菅公の梅」、コミック「応天の門」、菅原孝標女「更級日記」を参考に情景をNPO法人まちづくり市民会議スタッフが制作しました。)

石岡市まちかど情報センター

歴史絵巻情景飾り

2019年2月16日

 

 

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